Hollowについて
2026-06-01 00:00 · 843 words · 2 minute read
Hollow(虚)は、ひとりのためのSNS——ソロネットワークサービスとして作られた。
大きくなりすぎたSNSについて
かつて、SNSは広場だった。だが、それは大きくなりすぎた。
今日、そこで何かを発言することは、リスク以外の何ものでもない。得るものよりも、失うものの方が多い。
しかし、情報を集める場所としては、それはいまだに有用である。だから私は、それを完全に捨てるわけではない。
この距離感は、都会と田舎の暮らしに例えることができる。都会——すなわち巨大なSNS——へは、必要なものを受け取るために出かけていく。だが、暮らすための場所、日々を記録するための場所は、静かな田舎に置く。それがHollowだ。
虚(うろ)という名前について
「虚」は「うろ」とも読む。それは、木の幹にできた空洞のことだ。
言いたくてたまらない言葉を、木のうろに向かって吐き出す——そんな身振りが、昔話のなかにもある。誰かに届けるためではない。ただ、言いたかった。それだけだ。
Hollowも、これと同じである。ここに置かれる言葉は、誰にも向けられていない。木の虚に話しかけるように、それはただ放たれる。
ひとりなら、公開する必要はないのか
自分しか読まないのであれば、それをwebに公開する必要はない——プライベートな日記で十分ではないか。そういう問いがある。
そのとおりだ。だが私は、誰も見ないとしても、「公開する」という行為そのものに意味があると考える。
公開という形式は、そこにわずかな緊張感と、社会性をもたらす。言ってはならないことを、言わない。読まれるかもしれないという前提が、書く姿勢を正す。それでいて、多数に向けて発信する普通のSNSよりは、はるかに自由である。
言説は、自分自身で制御されなければならない
SNSは中央集権的である。何を見せ、何を沈めるか——その言説の制御は、自分ではない誰かの手にゆだねられている。
自分の言葉は、自分自身で制御されるべきだ。Hollowは、そのための、小さな、自分自身の土地である。